目の下に隈を作り、すっかり憔悴しきってサクラは座っていた。



昨日の続きの資料整理を任されているが、一向に捗らない。

昨日までのうきうきとした様子は微塵も感じられず、ずっと何かを思い悩んでいる。

あまりに違う雰囲気に、綱手もシズネも声をかけるのが憚れた。





(一体何があったんだ? サクラの奴、えらく思い詰めてるじゃないか)

(ええ・・・、昨日とは別の意味で、心ここに在らずですよね)

(昨日はあれからカカシと一緒だったんだろう?)

(はい。 アカデミーを一緒に出て行くところは見かけましたけど・・・、その時は楽しそうでしたよ。 二人とも)

(喧嘩別れでもしたか?)

(う〜ん。 どうでしょう? でもさっきカカシさんを見かけましたけど、ウキウキというかヘラヘラしてましたが・・・)

(ヘラヘラねぇ・・・。 じゃ、喧嘩の線はないな)

(・・・カカシさんはヘラヘラ浮かれまくっていて、サクラちゃんは何やら思い詰めていて・・・)

(あの様子だと、一睡もしてないな。 チャクラが乱れきっている。・・・カカシの奴、何しやがったんだ?)

(ヘラヘラしてて一睡もしてないって・・・。 アヒィーー!! カカシさんがサクラちゃんを一晩中寝かせなかったってことですか!?)

(・・・・・・どうして、そうなる?)

(だって綱手様。 ヘラヘラしてて一睡もしてないんですよ!)

(でもそれだったら・・・、あそこまで思い悩むか? 仮にも想い人だろうが)

(だって、サクラちゃん“初めて”だったんでしょう? いきなり一晩中はやっぱり・・・)

(・・・ありえないだろう・・・)

(ありえますよ! だって、相手はあのカカシさんですよ!?)

(・・・あの、カカシ、か・・・)

(そうですよ! 絶対! あぁ、もう、サクラちゃんったら、どうしてあんな人好きになっちゃったんでしょう・・・)

(・・・ク、クソー! カカシのガキーィ! サクラの気持ちを思って大目に見てやれば、恩を仇で返しやがって!)

(つ、綱手様・・・?)

(少しは手加減ってモノを考えろ! あれじゃ修行一つだってまともに出来やしない!)

(あ、あの・・・どちらに?)

(カカシのガキんところだよ! 説教してやる!)

(あ、いや、いくら綱手様でもそれは・・・)

(うるさいね! お前は引っ込んでろっ!!)

(アヒィーーーー!!)







――― 何だか隣の火影室が騒がしい。



しかし、サクラの耳には単なる雑音にしか聞こえず、

その雑音の中身が自分とカカシに関する重大な誤解などと、知る由もなかった。







――― ・ ――― ・ ――― ・ ――― ・――― ・ ――― ・―――







ズン、ズン、ズン ―――


背筋も凍るような恐ろしいほどの殺気が、上忍待機所に向かってくる。


「っ!!!」


その場にいた上忍全員が咄嗟にクナイを握り締め、もしもの戦闘に備えた。




ジリッ、ジリッ ――― 




どんどんと膨れ上がる凶悪な殺気。

ちょっとでも気を抜けば、即座に押し潰されんばかりの禍々しい気配が蠢いている。

幾度もの戦禍を潜り抜け戦い慣れているはずの上忍達でさえ、身の毛もよだつほどの恐怖に顔が歪んだ。


 ( 一体、何事だ・・・ )


全員の緊張がピークに達したとき ――― 






『バンッ』という物凄い破壊音とともに扉が開かれた。

そこに立っていたのは、この世の終わりを告げるかのような恐ろしい形相の五代目火影。


( ご、五代目・・・?)


呆気にとられ、クナイをしまう事も忘れている上忍達をギロリッと睥睨し、

やがて、綱手はある人物の方へゆっくりと近付いた。


「 ――― ・・・」


全員の顔に緊張が走る。固唾を呑んで成り行きをを見守るしかない。





「カカシ・・・、話がある。 ちょっと付いてきな」


「え・・・、 お、俺ですか・・・?」


「そうだ。 早く来い」


「あ、あの・・・、何か・・・」


「つべこべ言わずにさっさと付いて来い!!!」


「・・・ハ、ハイ・・・・・・」


何が何だか訳がわからず、それでも仕方なくカカシは綱手と共に部屋を出て行った。







「 ・・・ハァァァ・・・・・・」


残された上忍達の緊張の糸が、一気に解れた。


「 ・・・・・・ 」


全員無言で顔を見合わせ、消えていった仲間の行く末を案じる。



綱手の怒りはとにかく半端ではなかった。

奴は一体どんなヘマを仕出かしたのか。



何はさて置き、無事に生きて帰って来てくれと、仲間達はひたすら祈るばかりであった。